「ほら行くぞ、ヘンリエッタ」 「う、うんルートヴィッヒ…よろしく、お願いします」 「何なんだそれは?裾を踏んづけたりして転ぶんじゃないぞ」 そう言って、白い手袋に包まれた小さな手をとって歩き出した。 太陽はてっぺんを過ぎ、けれど顔を隠すにはまだ早い頃。 幼い少女はキラキラと音のしそうな木漏れ日と共に降ってくる優しい声に耳を傾けていた。 「『こうして、お姫様と王子様はいつまでも幸せに暮らしました』」 パタン、と静かに閉じられた本には、手と手をつなぎ寄り添う二人の姿。青年の膝の上で物語を聴き終えた少女は、それをそっと青年が少女にそうするように撫でて、満面の笑みで振り返りこう言った。 「『王子は姫の為なら何でも出来る』と思うか?」 突然の質問に、躓かないようにとゆっくりと慎重に歩んでいた足を止める。一拍遅れて立ち止まったルートヴィッヒの顔は紗に遮られていてはっきりとは見えない。 馬鹿じゃないのか、と呆れた響きの声がした。そちらを見れば案の定少年がそんな顔をしていた。 どうしてよ、と少女は頬をふくらませた。 少年は、そんなわけないからだ、と返した。 「どうしたの?急に」 不思議そうに首を傾げるヘンリエッタ。その目がまんまるになっているのは見えなくてもありありと想像できた。邪魔なヴェールをはねのけて、髪に頬に額に唇に触れたくなった。 「別に」 短く答えて歩き出す。大人しく彼女はついてきた。 王子様はお姫様のためだったら、ドラゴンだって倒せるし、どんな宝物だって手に入れられるの。 少女は怒ったように夢を語った。 ドラゴンを倒すのも、宝物を手に入れてくるのも、本当は家来の役目だろ。 少年もつられたように声を大にして夢をぶち壊した。 「いくら王子様でも出来ないことはあると思うわ」 聞こえて来た意外な言葉に思わず足を止めそうになる。けれどヘンリエッタは立ち止まらなかったので、つないだ手に引っ張られる形になった。 「どんなに想っていても出来ないことはあるわ」 まだ癒えず痛む傷に触れるときのように、そっと呟いた。想いのすべてが報われるなら、きっと二人は家族を失わなかった。 ほんの少し足を速めて隣に行き、その様子を覗う。 「だけど王子様とお姫様、二人で手をつないで、大切な人たちと一緒なら、きっと乗り越えられる」 その横顔は俯かず、前を向いて凛としていた。 二人で立派な扉の前に揃って立ち止まる。 「…僕は」 つないでいた手を解いて、代わりに腕を曲げて肘を差し出す。ヘンリエッタの手がそれに添えられると、ゆっくりと扉が開きだした。 隙間から差し込む光に目を細めながら、扉の向こうからの音楽に紛らせてルートヴィッヒは呟いた。 「王子には絶対に出来ないことがあると思う」 開け放たれた扉の奥は厳かな聖堂。席に座っているのは二人を祝う大切な仲間。一歩踏み出した足元から続く赤い絨毯の先には聖壇がある。 そしてその前にいるのは儀式を執り行う司祭と、今日という日間違いなく世界で一番幸せな、彼女の愛する王子。 彼のもとまでヘンリエッタが転ばないよう支えながら一歩一歩と歩んでいく。 聖壇の前にたどり着くとヘンリエッタはルートヴィッヒから離れ、王子の傍らに立つ。 彼女の王子は、愛する彼女の手をとり微笑み合った。 「僕はおまえがいつでも幸せであるように願ってる」 ヘンリエッタの瞳が大切な家族への愛情を込めて、ルートヴィッヒに微笑んだ。 私もよ、と言うように。 まるで物語の中の姫と王子のような二人から離れ席に着く。 自然と腕を組み、手と肘がそれぞれもう一方の腕のそれと重なる。右の手と肘には自分のものではない体温が宿っている。 おそらく、許される最後であろう彼女の温もり。それを少しでも逃すまいとするかのような自分の、あくまで無意識な行動に苦く声には出さず身を震わせた。 王子には出来ないことがある。 それは愛する姫の手を手放すこと。 王子は姫を幸せにしながら、願うだろう。ただしその幸せは自らの手で、と。 けれど自分は温もりを手放し、自分以外にその幸せを託した。 「誰よりもお前の幸せを願ってる」 きっと、お前を愛し、お前の愛する王子よりも。 腕を解くと、ゆっくりと残された温もりもとけて消えていく。 後書き ごめん、ルートヴィッヒ第二弾。ハーメルンの方に続きエスコート役を任せてしまいました… うん、そのうちちゃんと君がヘンリエッタと結ばれる話を書きましょう。ネタが思いつけば。 はじめてルートヴィッヒの書くのが報われないとか… ちなみに「王子」というのは比喩で、結婚相手が王子な訳ではありません。 back |